「サトウの切り餅」ピンチ 知財高裁、特許侵害認める
「サトウの切り餅」で知られる業界最大手の佐藤食品工業(新潟市)の製品が切り餅の「切り込み」の特許権を侵害したとして、業界2位の越後製菓(新潟県長岡市)が佐藤に製品の製造販売差し止めと約14億8千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審の中間判決が7日、知財高裁であった。
飯村敏明裁判長は「佐藤製品が越後の発明の範囲に含まれる」として、越後の請求を棄却した1審東京地裁判決と異なり、特許権侵害を認める判断を示した。
2011/9/7 【MSN産経ニュース】
さて、前回の『商標NOW』では、「切り餅訴訟」トピックの前編をお届けしました。
サトウ食品の製品・「サトウの切り餅」が、越後製菓のスリット(切り込み)の特許を侵害したとして、2011年に巻き起こった“法廷での特許紛争”の話題でしたね。
1審・東京地裁と控訴審・知的財産高等裁判所(知財高裁)が、真逆な判決を下し、結局、サトウ食品は「越後製菓の特許権を侵害した」と判断されたのでした。
そして、1審判決が控訴審で覆されたポイントを2点お伝えしました。
その2点とは…
―(1)「特許請求の範囲」と(2)「文言侵害」。
特許権を侵害したかどうかは、「特許請求の範囲(クレーム)」に記載された“文言”を解釈することによって判断される(「文言侵害」)のですよね。
それでは、こういった前回の『商標NOW』の内容を押さえた上で、具体的に「切り餅訴訟」の事例を眺めながら、特許審査ついて一緒に考えていきましょう。
主な争点は「文言侵害」の有無
ではさっそく、前に挙げた2つのポイントを踏まえて、この裁判の争点を整理していきましょう。
◆争点となった特許の請求項
まず、問題となった原告・越後製菓の特許の請求項を見てみましょう。
- 【請求項1】
- 「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面 である側周表面に、…切り込み部又は溝部を設け」
難しい言い回しで、なんだかすごく物々しいことが書かれているように思えてしまいますが、実際には、お餅にどう切り込みを入れるかが書かれてあるだけなんです。
読みにくくて頭が痛くなりそうですが、どこからどこまでが権利の及ぶ範囲(「特許請求の範囲」)なのかを明確に規定するために、慎重に言葉を重ねているのですね。
それでも、結局のところ、そのたった一文の解釈ですら、1審と控訴審の間で真っ二つに分かれてしまったのです。
◆文言の文理解釈―1審と控訴審、それぞれどう読んだ?
上の【請求項1】を読むと、2つの意味に解釈できそうです。
(A)側面だけに切り込みを設けて、上下の面には切り込みを設けない、という意味。
(B)側面に切り込みを設ける、というだけの意味(上下の面については、切り込みを設けてもよいし、設けなくてもよい)。
さて、「文言侵害」について思い出してください。
対象の製品(または方法)が、ある特許の「クレーム(特許請求の範囲)」に記載されたすべての構成要件を満たしたとき、その特許を侵害したと見なすのでしたね。
(A)と解釈された時の越後の特許の構成要件は…
「側面に切り込みを設け、“かつ”上下の面には切り込みを設けない」ということ。
一方で(B)と解釈された時の構成要件は…
「側面に切り込みを設ける」ということだけ。
◎1審・東京地裁は(A)と解釈
被告・サトウ食品の特許は「長い方の側面2面に各2本、上下面に十字形の切り込みを設ける」というものでした。
(A)の解釈だと、越後の特許は「上下に切り込みを設けない」ことにも技術的特徴があるのです。
そうすると、上下の面にも切り込みを設ける被告の製品は、越後の特許の構成要件を満たしていない=「文言侵害なし」と判断される、ということになります。
その結果、1審が下した判決は
⇒サトウ食品の製品は「特許権侵害には当たらない」というものでした。
対して…
◎控訴審・知財高裁は(B)と解釈
(B)の解釈だと、越後の特許は「側面に切り込みを設けること」だけに技術的特徴がある、ということになります。
そうであるならば、いくらサトウが上下の面に切り込みを設けていようとも、そんなことはお構いなく、側面に切り込みを設けているだけで、「文言侵害あり」と判断され得るということになります。
その結果、控訴審が下した判決は
⇒サトウ食品の製品は「特許権侵害に当たる」というもの。
このように、文言の解釈ひとつで判決が逆転し得るのです。
いかに特許裁判において、文言の解釈が重要視されているのかがわかりますね。
知財高裁の判決―明暗を分ける「読点の付し方」
それでは、もう一度、原告・越後製菓の特許の請求項を見てみます。
- 【請求項1】
- 「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面 である側周表面に、…切り込み部又は溝部を設け」
先ほど、この請求項から2つの解釈がなされ得るとお伝えしました。
その解釈の分かれ目って、何だったのかわかりますか?
―実は「読点=“、”」の付け方なんです。
知財高裁の中間判決では、請求項1を(B)と解釈した根拠として、次のような趣旨のことが述べられています。
「『載置底面又は平坦上面ではなく』の直後には、『この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に』と、“読点(、)”が付けられずに文章がつなげられていて、そのような構文に照らすならば、「載置底面又は平坦上面ではなく」という記述は、その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」という記述とともに、「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然だ」
……つまり、切り込みを設ける部分を、
⇒『底や上面ではないところの側面の周り』
と、知財高裁は判断したということですね。
たしかに、「ココ(下記)」の位置に読点が入っていたとしたら…
↓
【請求項1】
「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなく“、”(←ココ)この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、…切り込み部又は溝部を設け」
↓
『底や上面には切り込みは設けないで、側面の周りに(だけ)切り込みを入れる』というふうに読み取れます。
この一連の裁判では、“読点ひとつ”で「特許請求の範囲」が変わり、果ては、裁判の判決までもが変わってしまいました。
あいまいなクレームの文言は後々の係争の火種を生む、といことが、ここからも学び取れたのではないかと思います。
特許審査の難しさ―「産業の発達への寄与」という視点
この知財高裁の判決を受けて被告・サトウ食品はこういうコメントを出しています。
「狭い業界の中で提訴され、裁判になったことは大変残念。越後製菓の特許は尊重しており、侵害しているつもりはない。司法に判断を委ねたい」(毎日jp)
たしかに、業界の中では困惑の声が拡がっていたのも事実のようです。
サトウ食品、越後製菓が本社を置く新潟県には、県の食品研究センターと加工食品業者が一体となって研究開発を進めてきた歴史があります。
県と業者は、カビと戦い、包装餅としての品質向上に努め、互いに特許も共有してきました。
その中で越後製菓が、どうして今回のように提訴に踏み切ったのか、疑問の声も上がっています。
特許をはじめとする産業財産権(他、『商標』、『意匠』、『実用新案』)には、「産業の発展を図る」という役割・目的があります。
もちろん特許や商標を出願・登録することで、独占権が与えられ、それにより模倣品の防止を図るということも、大切な産業財産権の目的のひとつです。
模倣品を取り締まることが出来れば、商取引の信用は高まりますし、安心して研究・開発にも取り組めるというわけです。
しかし、狭い業界内にあっては、過度な独占、排他は、逆に産業の発展を妨げることにもつながってしまうのではないでしょうか?
利権者の権利をしっかりと守るのも大切ですが、後ろ向きな争いは極力避けたいものです。
産業の発展をいかに図るかという観点で、特許や商標など産業財産権の活用の仕方を改めて考えてみるのも有意義なことだと思います。