商標侵害、通販サイトも責任・知財高裁判決「指摘後も放置なら」
商標を無断使用したグッズがネット販売された場合に、取引の場を提供したネットモールの運営元が商標権侵害の責任を負うかが争われた訴訟の控訴審判決が14日、知的財産高裁であった。
中野哲弘裁判長は「侵害を容認、放置すれば運営元にも責任が生じる」との判断を示した。ネット通販での商標権侵害を巡り、モール運営元にも責任が生じうることを認めた判決は初とみられる。
2012/2/14 【日本経済新聞】
こんにちは。iRify特許事務所・所長弁理士の加藤です。
さて、以前の『商標登録NOW』でも、利権者と消費者の間でサービスを仲介する運営業者にまつわる権利侵害問題を、いくつか取り上げてきました。
「オンラインストレージサービス・Megauploadの摘発事件」や、「ロケーションフリー裁判」、それに「電子書籍“自炊”代行サービス訴訟」などですね。
それらはいずれも著作権侵害に関わる事例でした。
しかし、今回の『商標登録NOW』で取り上げるのは、ネット通販での商標権侵害を巡る争いについてです。
この裁判では、商標を不正に使用したグッズが出品された場合にはネット通販の運営元も責任を負う、という判決が下されました。
商標権の観点から、こういった判決が下されたのは、実は初めてのことだといいます。
今回の判決を受けて、これからのネットビジネスの世界では、ますます商標の存在感が大きさを増していくことでしょう。
さあ、今回の訴訟の経緯を眺めながら、ネットにおける商標のあり方を一緒に考えていきましょうね。
「チュッパチャプス」の商標管理会社がネットモール・楽天市場を提訴
インターネットショッピングモール・「楽天市場」で、棒付きキャンディー・「チュッパチャプス」のロゴが入った商品を断りなく販売され、商標権を侵害されたとして、商標権を管理するイタリアの企業が、サイトを運営する楽天を提訴しました。
原告のイタリア企業は、侵害差し止めと100万円の損害賠償を求めていましたが、1審・東京地裁は「販売主体は出品者で、楽天は当事者ではない」として請求を棄却。
それに対し原告は控訴し、その控訴審の判決が14日、知財高裁で下されました。
争点の整理―運営元が“主体”として「譲渡」を行ったと言えるか
それでは、「販売主体は出品者で、楽天は当事者ではない」という1審・東京地裁の判決に立ち返ってみましょう。
- ◆商標法2条3項について
ここには、商標をどう扱うと「使用」したと見なされるかが記されています。
特に、商標法2条3項2号には、
「商品又は商品の包装に標章(=商標)を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」
とあります。つまり、楽天サイト上で行われた販売行為は、「譲渡」に当たるということで、商標の「使用」に該当することがわかります。
まず、これが大前提です。
- ◆次に、楽天自身が「譲渡」を行ったのかどうかを判断
東京地裁の判断は以下の通りです。
- (1)楽天サイトでは、出品者の商品を顧客が楽天のシステムを利用して注文し、出品者がそれを承諾すれば売買契約が成立する。つまり、出品者が“売り主”として、顧客に商品の所有権を移転している。
- (2)被告・楽天は上記の売買契約の当事者ではなく、顧客との関係で、商品の所有権に対する移転義務や引渡し義務を負うものではない。
つまり、楽天サイトでの販売行為(=「譲渡」)に関わる“主体”はあくまでも出品者であって、楽天はその“主体”には当たらない、ということ。
早い話、結論としては、
―「楽天は“主体”として、『譲渡』を行ってはいない」
ということです。
こういった判断に基づいて、1審・東京地裁は、
「商標権を侵害した商品を販売したのは、あくまで出品者であって、運営元・楽天ではない。楽天はただ販売する“場”を提供しただけで、商標権侵害には当たらない」
…との判決を下したのでした。
知財高裁―運営元の責任は認めたが、商標権侵害の指摘後すみやかに削除すればOK
それでは次に、控訴審・知財高裁の判決を見ていきましょう。
知財高裁でも、基本的に1審の判決を支持し、差し止めや損害賠償請求は退けています。
しかし、一定の範囲で商標権侵害の可能性も示唆しているのです。
つまり、商標法違反の「幇助(ほうじょ)」に当たる可能性です。
「幇助」というのは、簡単に言うと、違反行為の手助けをすること。
通販サイトの運営元は、商標権を侵害する“主体(当事者)”には当たらなくても、その侵害行為を助長させる存在だとは見なし得る、ということですね。
楽天は商標権の侵害行為を把握してから8日以内に、その出品者のページをサイトから削除しています。
だから、今回のケースでは「幇助」とも見なされず、1審・控訴審ともに原告の訴えは退けられました。
しかし裏を返せば、もし商標権侵害の出品を指摘されて、すみやかに削除しなかった場合などには、商標権の侵害行為を「幇助」したと見なされる可能性もある、ということです。
このように、商標権侵害の責任が、ネットモールの運営元にも及び得ると判断されたのは、今回が初めてのことだと言います。
注意! フルフィルメントに関与していたら商標権侵害に当たる可能性だって…
1審・控訴審ともに商標権侵害には当たらないと判断された楽天ですが、もしフルフィルメントを代行していたならば、判決は変わっていたかもしれません。
商品の配送や、価格の決定などに関与していなかったという事実が、今回、楽天の行為が「譲渡」には当たらないと判断された大きなポイントでもあったのです。
- ※フルフィルメントとは…
- 通販などで顧客からの注文を受けて、商品の梱包、発送といった管理運営業務をすることを言います。
業務内容には、受注処理、商品の梱包、発送、代金請求、入金処理、在庫管理、クレーム・問い合わせ対応、返品業務などが含まれています。
「場の提供者」の責任を問う問題―著作権分野での先行事例
今回、商標権の分野では初めてのことでしたが、著作権の分野では、実質的に権利侵害行為を行っている“主体”を認定していこうという事例は、いわゆる「カラオケ法理」から、近くは「ロケーションフリー裁判」まで、過去、多く見られます。
「カラオケ法理」というのは、クラブキャッツアイ事件(昭和63年3月15日の最高裁判決)で作られた論法です。
クラブキャッツアイ事件とは、カラオケスナックの経営者が、客が歌う曲の使用料をJASRAC(日本音楽著作権協会)に支払うことを拒否して負けた事件のことです。
そのスナック経営者(「場の提供者」)が、カラオケ機器を設置してそれを集客の手段にしたとして、著作権の侵害行為の“主体”と見なされたのでした。
以後、このアナログ時代の法理が、今のデジタル化した世の中でも通用していて、ネット世界においても、著作権侵害の“主体”を「場の提供者」に求める流れが、確実にできつつあるように思えます。
記憶に新しいのは、先の「Megauploadの摘発事件」でしょうか。
ああいった明らかに違法性の高いサービスは別次元として考えるべきかもしれませんが、それでもひとつの大きな流れとして、「場の提供者」に対する著作権による規制は強まっているように見受けられるのです。
商標分野でも初めて「場の提供者」への責任が問われた―今後どうなる?
今回の判決に照らして考えれば、ネットモールでの商標権紛争が起こった場合、運営元はもはや無条件では免責されないことになります。
どの程度の責任が問われるかは、まだ漠然としていますが、今後、事例が増えるにしたがって、判断基準は徐々に明確になっていくものと思われます。
出品のお手軽感から市場規模の拡大が続くネット通販の業界にとっては、いずれにしても今回の判決は大きな衝撃となったことでしょう。
商標をはじめとした知財の存在感が増してくる一方、ネットビジネスを過度な規制で停滞させるのも考えものです。
商標など知的財産の使用に関しては、利用と保護のバランスを常に考えていかなければなりません。
わたしたちは知財に囲まれ、それを利用して生活しています。
今回の事例は、そのことを改めてじっくりと考えてみる、よい機会を与えてくれましたね。