ガンダム“正規品”無料配信

配信の勝算

バンダイナムコホールディングスがアジア29カ国・地域で無料配信した「機動戦士ガンダムAGE」にアジアの若者がくぎ付けになっている。

昨年10月の配信以来、1月までに視聴者は延べ640万人を突破。中国ではネット掲示板で話題が沸騰。「なぜ本物の映像が流れているんだ」……。海賊版に慣れた若者から「正規品」の無料配信への驚きの書き込みが相次いだ。

2012/1/30 【日本経済新聞・朝刊】

バンダイナムコホールディングス

12年1月30日の日本経済新聞に、ガンダムの「正規品」がネット上で無料配信されたと報じられました。商品であり著作物であるアニメーション作品を無料で配信してしまうとは、一体どういう意図があってのことなのでしょう?

ここには著作物という知財の活用の仕方について、まさにコロンブスの卵とも言うべき大胆な発想の転換が見られます。そのバンダイナムコホールディングスの新しい発想と戦略を、これから見ていきたいと思います。

加速する貿易自由化―アジアの消費は拡大し続ける

若者を中心とする人口構成の中国やインド、東南アジアの各国では、今後大幅な人口の増加が見込まれ、伴って消費市場もダイナミックに拡大していくと見られています。

そのような中で、TPP(環太平洋経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)など、貿易の自由化についての話題を近ごろよく耳にしますね。経済的な国境をなくし自由競争を促して、ヒト・モノ・カネを活発に行き来させる。
否定的な意見、肯定的な見方、さまざま議論はなされていますが、とにかく今、事実としてアジア市場には世界から熱い視線が注がれています。

「クールジャパン(格好いい日本)」のブランド力

タイで評判のツヴァイ

こうしたアジア市場の自由化の流れ中で、経済界と農業団体、アメリカと中国など対立図式が浮き彫りになり、国内では混迷の度合いばかりが増してきているように見えます。

しかし、そんな中でもサービス業は元気がよく、アジアで大きな商機をつかんでいます。日本流のきめ細やかなサービスと安心感が「クールジャパン」のブランド力となり、アジアで受け入れられているのです。
インドネシアでは公文(教室経営)が、タイではツヴァイ(結婚相談)が現地で評判になり、大きく事業を展開させています。

たたいてもたたいてもなくならない海賊版・模倣品

「クールジャパン」がアジアで受け入れられるのは日本人として喜ばしいことですが、一方で、アジアには“模倣品被害”や“突然の政策の変更”など、いわゆるカントリーリスクがつきまとうのも事実です。

特に海賊版・模倣品は、たたいてもたたいても次から次へと湧いてきて、訴訟で勝っても得るものはわずか。まるで「もぐらたたき」でもしているようです。
模倣品の被害は、中国など5つの国と地域で18兆円にも及ぶといいます(売上ベース)。

過去の模倣品被害―商標権に関するトラブルあれこれ

たとえば、「MANGA」や「クレヨンしんちゃん」という言葉が、中国などで勝手に商標登録され、先に押さえられてしまったことがありました。

「MANGA」などという広い概念が、そのような手前勝手な商標登録者によって私物化されては困ります。
「MANGA」については日本の漫画家が行動を起こしたので、その商標登録会社から自由に使っていいという許可を取り付けましたが(それでも釈然とはしませんね!)、「クレヨンしんちゃん」については、さらにひと騒動ありました。

中国では「クレヨンしんちゃん」が、かつて一度も発売も上映もされたことがないのに、中国の会社に商標登録されてしまい、日本の正規品が中国では海賊版と見なされ、撤去命令を受けるというおかしな事件が起こっています。

当の「ガンダム」に関しても、かつて韓国での商標登録の際に、「ガンダムというのはロボットの一般名詞だから登録できない」と拒否されたことがありました。結局、最終的には登録できたようですが、正規品が商標権をこういったかたちで脅かされることもあるのです。

著作物を守れ! 悪質な模倣品との終わりなき戦い

コンテンツ海外流通促進機構(CODA)の「CJマーク」

現在、コンテンツ(著作物)はデジタル化され、二次・三次とさまざまに利用されています。そして、そうしたデジタルコンテンツはネットの中で、著作権者の管理の及ばない波及の仕方をしているのが現実です。

それに対して、「CJマーク」を付け、商標権によって海賊版を取り締まっていこうという動きもあります。

◆「CJマーク」による商標権としてのコンテンツ保護

「CJマーク」というのは、コンテンツ海外流通促進機構(CODA)という組織が管轄しているものです。「コンテンツ海外流通マーク(Contents Japan:CJマーク)」の略で、日本産のコンテンツであることを表すマーク(商標)として、著作物に張り付けられます。

日本・アメリカ・EU・中国・香港・台湾・韓国の7つの国と地域で、CODAの団体商標として登録されています。コンテンツの権利を、著作権と商標権の両側面から守っていこうというものです。

◆デジタルデータとしてのコンテンツ保護は困難なのが現実

現在のユーザーの多くは、CDやDVD、Blu-rayのようなパッケージとしての商品(パッケージメディア)だけでなく、ネットから取得するデジタルコンテンツも消費しています。
今後、さらにパッケージメディアから、お手軽なデジタルコンテンツへと、ユーザーが流れていくことが予想されます。

そういった流れの中では、「CJマーク」によって商標権の側面からパッケージメディアを守れたとしても、デジタルコンテンツとしての著作物までは、保護しきれないというのが、残念ながら実情なのです。

発想の転換―海賊版の蔓延をネットの宣伝力と捉える!

著作権とは、著作物を排他的に支配しうる権利のこと。
つまり、そのコンテンツの作者だけが、そのコンテンツに関わる諸々の権利を与えられるのです。

その自分の権利が違法に侵害されたとしたら……、当然、守ろうと構えますよね。
著作物をどうやって守り、違法にコピーされたら、それに対してどうやって課金するかを考える―それが自然なリアクションです。

しかし、今回、バンダイナムコホールディングスの戦略は、くるりと発想を変えてきました。
著作物であるコンテンツ(アニメーション映像)を、キャラクターを知ってもらうための「宣伝」と捉えたのです。これは、主力の玩具を販売するための大胆な戦略です。販売と同時に、中国など10の国と地域でガンダムの模型を店頭に並べる仕掛けもしていました。
これが見事に的中!
販売数は目標の初年度60万個を上回る勢いだといいます。

海賊版の取り締りには、大きな労力とコストがかかります。
労多く益少ない海賊版との「もぐらたたき」から潔く身を引いて、敵を自社の“広告塔”にまんまとすり替えるこの戦略は、大胆かつ巧妙です。

知財の捉え方、活用の仕方について、今回のバンダイナムコホールディングスの戦略は、多くのことを教えてくれています。
知財に対する新しいひとつの考え方として、参考にしてみるのもいいかもしれませんね。

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