フェイスブックを提訴 米ヤフー、特許侵害で
【シリコンバレー=岡田信行】
インターネット大手の米ヤフーは12日、交流サイト(SNS)最大手の米フェイスブックがヤフーの特許10件を侵害したとして、損害賠償を求める訴訟を起こした。フェイスブックは利用者が8億4500万人を超えて快走しているほか、新規株式公開(IPO)を控える。一方の米ヤフーは業績が低迷し、経営再建中。勢いに乗った新興企業を不振の老舗が訴えた争いの行方に注目が集まりそうだ。
2012/3/13 【日本経済新聞】
こんにちは。iRify特許事務所・所長弁理士の加藤です。
今回の『商標NOW』では、ソーシャル・メディアの大手企業間で巻き起こった本格的な特許権紛争についての話題をお届けしたいと思います。
先日、ヤフーがフェイスブックを特許権侵害で提訴したという大きなニュースが報じられました。
ソーシャル・メディア分野において、大手企業同士が特許権をめぐり本格的な法廷闘争に入るのは、実は初めてのことなんです。
業界を騒然とさせた今回の特許紛争勃発のニュース。
―さあ、これから詳しく見ていきましょう。
特許侵害でヤフーがフェイスブックを提訴―事件の概要
3月12日、インターネット検索大手の米国・ヤフーはソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手の米国・フェイスブックをカリフォルニア北部地区連邦地裁に提訴しました。
訴状によれば、ヤフーは、フェイスブックの機能が自社の10の特許技術を使っているとして、使用料の支払いを求めているということです。
それら特許技術について、具体的には、ソーシャルネットワーキング、ネット広告、プライバシー設定、サイトのカスタマイズ、メッセージといった分野においての侵害を指摘しています。
フェイスブックの広報担当ジョナサン・ソー氏は、「長期的な提携相手であるヤフーが訴訟に踏み切ったのは大変残念だ」と語っています。
長年のビジネス・パートナーに対して、不意に起こされた今回のヤフーの訴訟。
なぜ“今”このタイミングだったのでしょう?
ヤフーの狙い撃ち?―フェイスブック株式公開目前のこのタイミング
今回のヤフーの提訴に関しては、アメリカのIT業界では、もっぱら「狙い撃ちの提訴」といった冷ややかな受け止められ方をされているようです。
フェイスブックは5月にも株式公開するとみられていて、その時価総額たるや1千億ドルに達するとも予想されています。
そのため、米国のメディアなどは、今回の提訴について、こうバッサリと評しています。
―経営不振のヤフーが、自分たちから利用者を奪うフェイスブックに対して、特許訴訟を起こして稼ごうとしている。
…内実はどうか知りませんが、このタイミングでの提訴ですから、確かにそう思われてしまうのも無理のないことなのかもしれません。
◆背景としてのヤフーの業績不振―広告・検索ともに低迷長引く
往年のネット界の寵児・ヤフーは、いまやインターネット広告でフェイスブックに首位の座を明け渡しています。検索市場でもグーグルの後塵を拝し、事業競争力は下方線をたどる一方です。
ともなって、経営体制にも混乱が生じており、昨年の秋には当時の最高経営責任者(CEO)が更迭されています。
◆特許ポートフォリオの活用へと舵を切った?
ヤフーは今年1月に、電子決済サービス大手「ペイパル」の元・社長であるトンプソン氏をCEOに迎えました。
そのトンプソン氏は、経営再建戦略として、今までヤフーが取得してきた特許ポートフォリオを活用しようとしているといいます。
「特許ポートフォリオ」とは、企業(出願人)が出願・保有している“特許網”のことで、市場における相対的なシェアや競争力を示してくれるものです。
今回の場合、「特許ポートフォリオの活用」というのは、ヤフーの保有する特許の“網”に引っかかったフェイスブックに対し、訴訟という手段で自社の権利を主張していく、ということですね。
そういった今回の戦略的な提訴に関しては、社内でも反対する声が多く、トンプソン氏らが押し切ったとの報道もなされています。
こうした特許訴訟のほとんどは、特許や商標・意匠といった知的財産を集めて取り引きすることで不当に価値を上げる専門業者(「パテント・トロール(「怪物」といった意味)」/「特許ゴロ」などと呼ばれることがあります)が起こすもので、ヤフーのような大手が起こすことはごく珍しいことなのです。
◆過去グーグルに対しても同じ手で…
とはいえ、トンプソン氏がCEOになって初めて、ヤフーは特許を戦略的に使い始めた、というわけではありません。
実は以前にも、戦略的な特許訴訟を起こしてはいたのです。
それは2004年、最大の競合相手・グーグルが上場する直前の時のこと。
その際も計ったようなタイミングで、ヤフーはグーグルに対して特許訴訟を起こしています。
その結果、グーグルは訴訟で生じる多大な出費を恐れて和解し、使用料などの名目で株式をヤフーに発行しています。
ヤフーvs.フェイスブック―今後の展開は
ヤフーが訴えた10件の特許侵害について、その権利の及ぶ範囲は幅広い分野に渡っており、フェイスブックがこれらすべてを回避するのは現実的ではないかもしれません。
ヤフーが勝つかフェイスブックが勝つか、そればかりは何とも言えませんが、しかし、現実的な落としどころとしては、「特許のクロスライセンス契約」に落ち着くというシナリオも考えられます。
◆「特許のクロスライセンス」―業界内での“共生のしくみ”
「特許のクロスライセンス(相互ライセンス)」とは、権利者同士が、お互いに相手の知的財産権を利用することができるように締結するライセンス契約のことです。
現代では、ある技術に関して、複数の企業などがその一部ずつを特許として取得しているというケースがよく見られます。
この場合に有効なのが「クロスライセンス契約」です。
「クロスライセンス契約」を結び、複数の企業の間で特許を共有することのメリットは…
- (1)企業間での特許侵害訴訟のリスクを避けられる
- (2)技術を共有できて、それを効率よく事業に活用し利益を得ることができる
といったことが挙げられます。
また、「基本特許」と「改良特許」の権利者の共生も促してくれます。
先行技術にはない新しい機能を可能にした発明に対する特許のことを「基本特許」といいます。
そして、その「基本特許」をもとにした改良発明に対して与えられるのが「改良特許」です。
元が似た技術体系から生まれた発明だけに、本来はお互いに抵触しやすい特許なのですが、「クロスライセンス契約」を結べば…
- (A)「基本特許」の権利者は、より優れた「改良特許」の技術を利用できるようになる
- (B)「改良特許」の権利者も、大手を振って自分の特許を実施できるようになる
というメリットを得ることができるのです。
ちなみに、この「クロスライセンス契約」は、商標権や著作権などでも多く行われています。
ただし、クロスライセンスは他の企業などに対抗するために契約されることもあり、それによってあまりに強力なコンソーシアム(団体)が形成されるに至ったとしたら、場合によっては独占禁止法に抵触することもあります。
◆訴訟の和解手段としての「クロスライセンス契約」
株式公開を控えるフェイスブックとしては、法廷闘争で深みにはまりたくはないはずです。
そのため、「クロスライセンス契約」に軟着陸(条件面での多くの戦いはあるでしょうが…)するのはないかと見られています。
もちろん、バチバチの法廷闘争が繰り広げられるかもしれませんが、それはふたを開けてみなければわかりません。
もし今回、ヤフーとフェイスブックが「クロスライセンス契約」に落ち着くとするならば、保有する特許の数が多いヤフーのほうが有利な条件で合意に至るものと思われます。
タイミングを見計らったヤフーのこの揺さぶりは、たしかに、ロイヤリティの獲得など、目先の収益には繋がることでしょう。
しかし、そこからは、どうしても特許訴訟で資金を得ようという意図もうかがえてしまうのです。
各メディアもヤフーの提訴を疑問視する論調で、おおむね足並みをそろえてきているように見られます。
しかしながら、このヤフーの特許戦略は、あくまで法に基づいた権利主張であるということも忘れてはいけません。
自社の事業を防衛するため、そして、ヤフーの企業価値を最大化するためには、今回の提訴は正当な手段であったとも言えるのです。
また、フェイスブックがベンチャーのうちは、ヤフーも大人として知財侵害を容認していた、という見方もできますね。
しかし、フェイスブックも今や上場を控える大企業です。
「知財に関して、そろそろ大人の話し合いをすべき時なのでは?」というヤフーのメッセージも、今回の提訴からは暗に感じます。
新規株式公開を控えるフェイスブックと、経営改善に挑むヤフー。
新旧ソーシャル・メディアの雄同士の特許紛争―その今後の動きからは、目が離せませんね。