商標権にまつわる中国進出リスク(前編)

中国商標トラブル勃発 iPhoneにも権利主張企業

【北京=多部田俊輔】
中国で商標権をめぐるトラブルが続出し、中国事業の新たなリスクが浮上してきた。
インターネットの普及などで手続きが容易になったことから、中国市場に参入する外国企業との訴訟を狙い、海外で発売された他社の新製品と同じ商標をすぐに中国で登録する動きが拡大。
中国の裁判所が受理した商標権に関する案件数は5年間で5倍近くに急増している。

2012/2/22 【日本経済新聞】

iPhone

こんにちは。iRify特許事務所・所長弁理士の加藤です。

以前の『商標登録NOW』では、多機能携帯端末・「iPad(アイパッド)」の商標権を巡って中国で勃発した商標紛争についてお話しましたが、続いて今度は、スマートフォン・「iPhone(アイフォーン)」がその矢面に立たされることになりました。

今や世界最大の規模に成長しつつある中国という市場には、大きなビジネスチャンスが転がっています。
しかし一方で、中国という国は、事前に正しく商標登録をして権利面を固めておかないと、訴訟などの大きな面倒事を背負いこむことにもなりかねない、進出リスクの大きい国でもあります。

さあ、今、世間を騒がしている中国の商標登録事情について、改めてチェックしていきましょう。今回は、前・後編に分けてお届けします。

続々と勃発する中国商標トラブル―「iPad」に続き「iPhone」も?

法廷闘争に巻き込まれたiPad

中国でのアップルの受難は続きます。

先の『商標NOW』でもお伝えしたとおり、アップルは「iPad」の商標権をめぐって、中国広東省の深セン市にあるIT機器メーカー・唯冠科技(以下、唯冠深セン)との法廷闘争に巻き込まれました。

そして、2011年12月に行われた深セン市中級法院(1審)では、アップルは敗訴。
唯冠深センはアップル製「iPad」の中国国内での販売や輸出の差し止めを求めていて、まさにアップルは、中国の進出リスクを正面から被ったかたちですね。

結局、広東省恵州市の裁判所はアップル製「iPad」の販売停止命令を下し、現在、同市内の電器店では、「iPad」の姿を見つけるのは難しくなっているといいます。

◆アップル、泣きっ面にハチ―さらに「iPhone」商標でもトラブル勃発!?

「iPad」の窮地に追い打ちをかけるように、22日、中国での登録商標をめぐるさらなるトラブルがアップルを襲っていると報道されました。

21日、ランプや懐中電灯などの照明器具を売る中国企業・「小太陽照明」(浙江省義烏)が、「iPhone」の名称で商標権を保有していると主張していることがわかったのです。

中国の携帯電話利用者は、今や10億人に上ると言われています。
もし、今回の商標トラブルも、先の「iPad」のような事態に発展してしまったとしたら、アップルとしては大損害です。
中国市場を失うだけでなく、莫大な賠償金の支払いや商品名の変更など、厳しい対応を迫られることにもなりかねないのですから。

もちろんアップルは、その中国企業の商標登録の取り消しを求めています。

アップルの手抜かり? すべての産業分野では商標登録していなかった…

 アップルのロゴ

アップルは“電話”や“コンピューター”などの産業分野(「商品・役務区分」)については「iPhone」商標を出願、登録を果たしていましたが、それ以外の分野では商標を登録させてはいませんでした。

それを知った中国企業・「小太陽照明」は、照明器具や加湿器などの品目で「iPhone」の商標登録を出願。中国で「iPhone」商標がまだ登録されていなかった“照明”などの区分で、2010年に登録を果たしています。

◆遅きに失したアップルの対応
  • 2007年
    ⇒アップルがスマートフォン・「iPhone」を世界で販売し始める。
  • 2010年
    ⇒中国企業・「小太陽照明」は中国国内にて、「iPhone」商標を “照明”などの区分で登録。
  • 2011年
    ⇒アップルは2011年まで中国で「iPhone」を販売していない。
  • 2011年6月
    ⇒中国当局は、「小太陽照明」の「iPhone」商標に対する異議申し立てを3ヵ月間受け付けたところ(中国では商標登録前に異議申立を受け付ける期間を設けています)、アップルはその期間の最終日に異議を申請。しかしその時には、すでに中国企業の「iPhone」商標が仮承認されていた。

こうして眺めてみると、アップルの商標戦略は、随分のんびりとしたもののように見えますね。
こういった商標登録に対する認識の甘さが(相手が“あの”中国だというのに!)、今日の困難を招いているようにも思えてしまいます。

◆中国でも著名商標は保護の対象になりますが…

たしかに中国の商標法でも、著名商標(有名ブランド)は登録されていなくても保護の対象になります。
もちろん、アップルは自社の「iPhone」を有名ブランドと自認しているでしょうから、当局に保護を求めます。

しかし、どうやら中国商標局の審査官は、アップルの「iPhone」を「著名商標」に当てはまるものではないと判断したようなのです。
たしかに、2010年に中国企業側が商標登録を果たした時点では、アップルの「iPhone」は、まだ中国において販売されてはいませんでしたが…。

とにかく…
―2010年時点ではアップル製品・「iPhone」は、中国国内においては著名商標(有名ブランド)とは言えなかった。

中国商標局には、そう判断されてしまったということです。
自社の製品の著名性にうぬぼれすぎたのか、ともかくも、アップルの商標戦略は少々脇が甘すぎたみたいですね。

中国の商標登録事情―「先願主義」のお題目のもと早手回しに商標を占拠

 どうなる? 中国とアップルの商標紛争

商標を先に使った方を優先するアメリカの「先使用主義」に対し、中国では「先願主義」を採っています。
ようするに「早いもの勝ち」ですね。最初に商標登録出願した者が、その商標の権利を得るというものです。
出願に際しては、モノやサービスを45種類に分けた「区分」ごとに登録の手続きを行います。

この先願主義は、“ほぼ”世界の標準的な制度です(日本も先願主義です)。
このルールの原則に従うと、A社がBの区分だけで自社商品として「商標C」を登録していたとすると、ほかの個人や法人は、B以外の区分でなら、まったく別の商品・サービス(DでもEでもZでもよいです)を「商標C」の名称で出願・登録することができてしまうのです。

そして、こういった国際基準たる「先願主義」の御旗の下、中国では、“使う予定のない商標を登録するだけしておいて、商品やサービスの実態もないまま権利を占有する“、といった手口が横行しているのです。
たしかに違法ではありませんが、使用権収入や和解金を狙った腹黒い商標権占拠と見なされても仕方のない行為ですよね。

中国国内では2010年以降に、39の会社・個人が、「iPhone」と「iPad」の商標登録を出願し、その内の何社かが実際に登録に成功しているといいます。
また、中国ではすでに、「iPhone」、「iPad」の最初の文字がiだけではなく、a~zまで26種類ずつ商標登録されているもよう。
「aPhone」「bPhone」…「zPhone」と、ひとつずつ全て商標登録がなされているということですね。
…なんともすごい話です。

さて、今回はここまで。
次回の後編でも、引き続き「アップルの商標戦略」や「中国での商標トラブル」についてお届けしたいと思います。それでは。

後編はこちら→ [ 商標権にまつわる中国進出リスク・後編 ]

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