著作権侵害の恐れ—東野圭吾さんら、電子書籍「自炊」代行業者に差し止め訴訟

電子書籍「自炊」代行を中止

紙の本を裁断してスキャナーで読み取り、自前の電子書籍を作る「自炊」の代行業は著作権侵害の恐れがあるとして、昨年12月に東野圭吾さんら作家7人からスキャン行為の差し止め訴訟を起こされた2社のうち、東京都内の業者が代行サービスを取りやめたことが2日、わかった。

2012/2/3 【読売新聞】

電子ブックリーダー(アップル・iPad)

「自炊」をして、人気作家・東野圭吾さんらに提訴された?

……「自炊」のいったい何がいけないのでしょうか?

この「自炊(じすい)」というコトバ、家事のことではないんです。実はこれ、著作権の問題に関わるコトバなんです。
今、電子書籍が注目を集めている中、「自炊」代行というビジネスがあるということを、ご存知でしょうか?

ネット環境の進歩に伴い、著作物がデータ化・配信されて、著作権侵害問題に発展する事例を目にする機会が、最近特に増えてきているように思えます。

そこで、「商標NOW」では、商標だけでなく、このように著作権のトピックも取り上げていきます。
商標トピックを中心に、広く知的財産の“イマ”をお伝えできればと思っています。

それでは、今回のトピック・「自炊代行」について、一緒に見ていきましょう。

「自炊」ってなに? 自分でごはん作ることじゃないの?

「一人暮らしで自炊をしているんです、お昼のお弁当は残り物を詰めてきました」
―そんな人を見ると、「それはえらいですね、経済的ですねえ」などと、つい褒めてしまいたくなりますが……その「自炊」ではありません。

今回の「商標NOW」で取り上げる「自炊」とは、電子書籍に関わる造語、ネットスラングとしての「自炊」です。

書籍や雑誌などを裁断機でカットし、1ページごとにばらしてから、スキャナに通してデジタルデータに変換すること―それを俗に「自炊」と呼んでいます。
もともとは、自分でデータを吸い出す=「自吸い」と表現していたようですが、それに「自炊」の字を当てたものですね。

「自炊」が拡がった背景

「自炊」に使われる裁断機とスキャナ

「Amazon Kindle(アマゾン・キンドル)」や「アップル・iPad」などの電子ブックリーダーの発表が、電子書籍に対するニーズを大きくあおったことが、原因の第一です。

加えて、キヤノンや富士通などのメーカーが、スキャナをリーズナブルな価格で発売したということも、個人で「自炊」する際の敷居をぐっと下げるきっかけになりました。

「自炊」の際に必要なものは、カッターと背表紙の裁断機、それにスキャナだけです。スキャナにもよりますが、高性能なものならば、1枚(両面)をスキャンするのに2秒程度しかかからないということです。

とすると、一般的なコミックは大体1冊100枚(200ページ)くらいなので、1冊あたり3、4分で読み取ることができる、という計算になります。

「自炊代行」「スキャン代行」には大きな法的問題が

紙の本ではかさ張ってしまい、保管にも持ち運びにも不便……iPadなどにデータを入れて手軽に携帯したい。そんなニーズも確かにありますよね。

そういった“私的使用のため”に「自炊」行為をするというのならば、著作権法的にも問題になることはないとされています。
著作権法では「私的使用のための複製」は適法と規定されています(著作権法第30条)。

しかし、その「自炊」データを、P2P(中央サーバーを通さずに端末同士が直接情報を送受信する通信方法)ソフトウェアを使って、不特定のユーザーに配布するとなると話は別です。

今回の訴訟で問題になっているのは、「自炊代行」または「スキャン代行」と呼ばれる行為です。 それは、依頼主から紙の書籍を受け取り、書籍の電子化を代行することをいい、最近では代行専門の業者まで登場しています。
業績は好調とのことで、2010年4月に業務を開始した「自炊」代行業のある大手などは、納入まで3カ月待ちだといいます。大変な盛況ぶりですね。

しかし、このような複製の代行業務は、著作権法のいう「私的使用のための複製」の範囲を逸脱していると思われます。
そうであるとすれば、その業者の代行業は「複製権」を侵害した行為として、著作権侵害にあたる可能性が高いといわざるを得ないでしょう。

ロケーションフリー裁判

ソニー「ロケーションフリー」

今回の訴訟問題を考えるにあたって、「複製権」を侵害したという観点から、ロケーションフリー裁判の事例はとても参考になります。

ロケーションフリーとは、ネットワークを通して遠隔地でテレビを視聴できるようにするための製品群のことで、かつてソニーが販売していました。
そして、ある業者がそのロケーションフリーを使って、海外でも日本のテレビ番組を視聴することができるというサービスを提供していました。

ところが、その業者はテレビ局側から著作権(公衆送信権と送信可能化権)の侵害だとして提訴されてしまいました。
結果、業者は最高裁で著作権侵害にあたると判断され、また、ロケーションフリーも現在ではすべてが生産完了となっています。

東野圭吾さんら作家と大手出版社がついに動く

こういった流れを意識して、今回の差し止め訴訟を眺めてみましょう。

◆2011年9月5日
「自炊」代行業者に対して、作家・東野圭吾さん、漫画家・藤子不二雄(A)さんら計122人と大手出版社7社が、著作権法違反の疑いがあるとする質問状を送付。
◆2011年12月20日
作家・東野圭吾さん、漫画家・弘兼憲史さんらが、「自炊」代行業者2社に対して、著作権侵害の恐れがあるとして、スキャン行為の差し止めを求め東京地裁に提訴。
◆2012年2月3日
東野圭吾さんら作家7人からスキャン行為の差し止め訴訟を起こされた2社のうち、東京都内の業者が代行サービスを中止。

今回の事例では、有名作家が先頭に立って、電子書籍化が進む出版業界のなかで、積極的に利権者の著作権を守りぬいたかたちでしたね。

電子書籍の分野はまだまだ草創期にあると言えます。
しかし、健全な市場が立ち上がる前のそのような段階で、すでに「自炊」代行業のような、著作権的にグレーと言わざるを得ない業者が生まれていたのです。

著作権や商標といった知的財産の保護という観点から、今回の事例はとても参考になるものでした。

―自身の権利をいかにして守っていくか。

めまぐるしく世の中が変わっていく中で、それはとても難しい問題ですが、広くアンテナを張って、世の中の動きを捉えつつ、正しく情報をつかんでいきたいものですね。

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