サトウ食品・特許権侵害判決 『切り餅訴訟』から見る特許審査の難しさ(前編)

切り餅訴訟 サトウ食品の特許権侵害認める

切り餅の焼き上がりをきれいにするため、餅に切り込みを入れたのは特許権の侵害だとして、業界2位の「越後製菓」が1位の「佐藤食品工業(サトウ食品)」を訴えていた裁判で、知財高裁は7日、サトウ食品による特許権の侵害を認めた。

2011/9/7 【日テレNEWS24】

サトウ食品「サトウの切り餅」

先の『商標NOW』では、中国での「iPad商標権侵害」訴訟を取り上げました。

知財に関する訴訟って、一見とっつきにくいですよね。一般の感覚からすると「なんで?」という判決が下されていることもしばしばですし……。
中でも“特許”に関する訴訟では、話が技術的なことに及ぶため、さらに縁遠い世界だなあと感じる方も多いはず。

ですが、先ごろ「iPad商標権侵害」訴訟などもあり、知財訴訟に関する注目度が高まっているのも事実。
せっかくの機会ですので、今回の『商標NOW』でも、知財訴訟についてのトピックを取り上げてみたいと思います。

今回のトピックは―「サトウの切り餅」訴訟。

昨年の訴訟事例ではありますが、大きく話題になったものです。
それに、身近に感じられる事例(お餅ですよ!)でもありますから、敬遠せずに一緒に知財訴訟の世界を覗いていきましょう。
今回は前・後編に分けてお届けいたします。

「サトウの切り餅」訴訟―知財高裁、サトウ食品の特許権侵害を認める

ぷっくらと膨れる焼き餅

2012年を迎えて早くも1ヵ月が過ぎましたが、もう一度、お正月気分を思い出してみてください。

みなさん、お正月にはお餅を食べると思います。
そして、お餅をオーブントースターなどで焼いていたら、ぷくぷくと膨れすぎて破裂し、中身が噴き出してしまった、なんて経験をしたこともあるのではないでしょうか?

実は、それを防ぐための特許があるんです。
―それは、餅にスリット(切り込み)を入れる、という特許。

その特許権をめぐり、業界1位の「佐藤食品工業(サトウ食品/新潟市)」と業界2位の「越後製菓(新潟県長岡市)」の間で、2011年に特許紛争が勃発したことがありました。

狭い業界の中での特許権争いとしては、広く世間からの注目を集めた訴訟でした。
それは、お餅という身近な事例ということもありますが、一方で知財審査の難しさをよく表す案件であったからだと思われます。

【裁判の経緯】

◆「切り餅」特許を侵害されたとして、越後製菓がサトウ食品を提訴

越後製菓は、切り餅の側面に長手(水平)方向の切り込みを入れることで、焼いて膨らんだ時に表面が破れないようコントロールする、という特許を2002年10月に出願し、2008年4月には登録されています。

一方でサトウ食品も、側面に加え、上下面にも切り込みを入れた商品・「サトウの切り餅」で、特許を出願・登録を果たしています。
出願は越後製菓から遅れること9ヵ月後の2003年7月でしたが、翌2004年11月には早くも特許として登録されています。

しかし越後製菓は、その「サトウの切り餅」が自社の特許を侵害しているとして、製造・販売の差止めと、約14億8000万円の損害賠償を求めたのでした。

◆“1審・東京地裁の判決”と“控訴審・知財高裁の判決”―サトウ食品、逆転敗訴

特許権の侵害を主張する越後製菓側に対して、独自の技術開発とするサトウ食品側の言い分は真っ向から対立しました。

越後製菓の特許には「切り餅の底面や上面ではなく側面の切り込み」と記載されています。
これを、1審判決では「越後製菓の特許は側面に限られる」と読んで、上下面にも切込みを入れるサトウ食品の特許とは区別。

―つまり1審・東京地裁は、サトウ食品は越後製菓の特許権を侵害してはいない、と判断したのです。

ところが控訴審・知財高裁では一転、被告・サトウ食品の特許権侵害を認定。 サトウ食品は逆転敗訴の判決を受けることになりました。

そもそも特許権の侵害ってどうやって判断する?

特許庁

どうして、このように1審と控訴審で真逆な判決が出されたのでしょうか?
―キーワードは(1)「特許請求の範囲」と、(2)「文言侵害」です。

(1)「特許請求の範囲」って?

特許を出願するに当たって、まず「特許請求の範囲」を記載し、特許庁長官に宛てて願書を提出しなければなりません。
この「特許請求の範囲」は“クレーム”と呼ばれ、ここに記載された内容によって、“特許発明の保護される範囲”が決定されます。

だから、この記載内容があいまいだったら、困るのです。
第三者がどんな行為をしたら、その特許の範囲を侵すことになる(=特許権を侵害することになる)のか、予想がつかなくなってしまうわけですから。

思えば特許の登録って、「イス取りゲーム」に少し似ていますね。
先にイスに座った子が勝ちっていう、あの子どものお遊戯です。

先に座った者がそのイスを占有する権利を有し(「先願主義」)、加えて、お尻半分だけで座るのではなく、しっかりとイスの真ん中に座る(「特許請求の範囲」を明確にする)ことが勝利のポイント。

お尻半分だけで座っていたら、後から座ってきた子とイス(権利及ぶの範囲)の取り合いになり、果てはつかみ合いのケンカ(訴訟)になってしまうのです。
子どものころ、そんな経験あったのではないでしょうか?

―子どもも大人もやっていることは、似たようなものです。

さて、「特許請求の範囲」を決めるのも、「イス取り」に通じるという話。
“特許発明の保護される範囲”を第三者が入り込める余地のないように、しっかりと明確に規定しておく必要があるのです。

そして、その範囲を規定するのに、特許の世界では“お尻”ではなく、「文言(もんごん)」というものを使います。
つまり、「特許請求の範囲」に記載された内容、ようするに文章のことですね。

しかし、この「文言」も人間が書いたもの。
そして、人間が書いたものである以上、さまざまに解釈されうるということです。
―「切り餅訴訟」での1審と控訴審の真逆の判決は、まさにこの解釈の違いによって生じたものと言えます。

知的財産高等裁判所
(2)特許権侵害の判断は文言侵害が大原則

特許権を侵害したかどうかは、「特許請求の範囲」に記載された「文言」を解釈することによって判断されます。
―これを「文言侵害」と呼んでいます。

特許権侵害となる条件について、特許庁は以下のように説明しています。

「特許は『特許請求の範囲』に記載された構成要件によって全体として規定されるものです。
ですから、特許権侵害が成立するためには、原則として対象製品または対象方法が構成要件のすべてを満たすことが必要となります。
対象の要件が特許の構成要件の一部でも欠く場合には、特許権侵害には当たりません」

……ちょっと難しいですね。
少し単純化して、説明を加えてみましょう。

たとえば発明Aという特許があります。
この発明Aの「特許請求の範囲」に記載された構成要件は(a)+(b)+(c)だとします。
つまり、発明Aは(a)、(b)、(c)という技術を“合わせて”持っていることで成立している特許なのです。

一方で、発明Aによく似た発明でBというものがあったとします。
Bの発明としての特徴は、(b)+(c) +(d)の技術を持っていることです。(b)と(c)に関しては、発明Aとまったく同じ技術を使っています。
AとBは、素人目にはとてもよく似ています。

さて、BはAの特許権を侵害していると言えるでしょうか?
―答えは「No」です。
こと「文言侵害」の観点のみから判断すると、BはAの特許権を侵害していないと判断されるのです。
発明Aの(a)という技術を、Bは使っていないからです。

『商標NOW』前編のまとめ、そして後編に続く

今回は、特許権侵害を考える際の2つのキーワード、
 ―(1)「特許請求の範囲」と(2)「文言侵害」、
この2点をチェックしておいてもらえればOKです。

さて、特許権侵害に関する基本的な考え方を押さえてもらったところで、次回の『商標NOW』では、いよいよ具体的な判決の内容を見ていきましょう。

どうしてサトウ食品は控訴審で特許権侵害の判決を受けて、逆転敗訴となったのか?
後編でじっくりと解説していきます。

後編はこちら→ [ サトウ食品・特許権侵害判決 『切り餅訴訟』から見る特許審査の難しさ・後編 ]

あるなし商標検索バナー