特許紛争-標的にされる日本勢(後編)

グーグルなど13社を訴えた国産ベンチャー驚異の実力

ある日本のベンチャー企業が自社の米国特許を武器に米国IT企業を果敢に攻めている。グーグル、ヤフーなど13社を特許侵害で訴え、アップルまで標的に定める。しかも勝てそうであるから驚きだ。そこには自社の特許を活用するという日本企業が見習うべき経営戦略がある。

2012/4/16 【週刊ダイヤモンド 2012年4/21号】

孤軍奮闘!googleやyahoo!を訴える日本のベンチャー企業が!?

こんにちは。iRify特許事務所・所長弁理士の加藤恭です。

さて、今回の『商標登録NOW』は前編の続き。
前編では、多くの日本企業が海外の「特許管理会社」から、特許紛争の格好の標的にされているという現状をお伝えしました。

しかし、日本の企業も、一方的に攻められているばかりではありません。
日本のIT(情報技術)ベンチャーの中には、孤軍奮闘、グーグルやヤフーなどといった米国の超大手IT企業を特許権侵害で訴えている企業もあるのです。

日本の無名ベンチャー企業が、“あの”グーグルやヤフーを訴える?
無謀にも響くこの特許訴訟ですが、フタを開けてみると実際に戦果を挙げていると言うから驚きです。

この社員わずか8名の日本のベンチャー企業が描く勝利への文脈とは、いったいどういったものなのでしょう?
ここには、ほかの日本企業に不足している「知的財産の活用」に関する、明確な意志を感じることができるような気がします。

それでは、今回の『商標NOW』後編では、この日本のベンチャー企業が起こした特許訴訟を通して、「知的財産の活用」について考えていくこととしましょうか。

無謀?戦略?「あの」グーグル、ヤフーらと対峙する『イーパーセル株式会社』

RIMのスマートフォン「ブラックベリー」

2011年4月、日本のベンチャー企業『イーパーセル株式会社』(東京都千代田区)が、IT業界の超大手・グーグルやヤフーなどを特許権侵害で訴えました。

当時、ほとんど無名だったイーパーセルが、世界に冠するグーグルやヤフー、そしてAOL(大手インターネットサービス)にAT&Tサービス(通信大手)といった大手企業に訴訟を起こすなんて…。

この話を耳にしたときは、つい“蟷螂(とうろう)の斧”という印象を抱いてしまいました。

しかし、実際にはすでに、スマートフォン・「ブラックベリー」の開発・販売を手掛けるカナダのリサーチ・イン・モーション(RIM)など4社とライセンス契約に至るなど、実際に戦果を収めているのです。

※イーパーセルが特許権侵害で提訴している米国企業(『月刊宝島(2012年6月号)』参照)
(1)アカマイ・テクノロジーズ (2)AOL (3)AT&Tサービス (4)CDネットワークス
(5)グローバルスケイプ (6)グーグル (7)ライムライト・ネットワーク
(8)PEER1ネットワーク (9)リサーチ・イン・モーション (10)サヴィス
(11)ベライゾン・コミュニケーションズ (12)ヤフー! (13)イエローページズ・ドットコム

『イーパーセル株式会社』とはいったいどんな会社なの!?

◆ファイル転送サービス「電子宅配便」を提供

大容量データのCAD

イーパーセルは大容量のデータ配送サービス「e・パーセル電子宅配便」を展開しており、国内で約600社と契約を結んでいます。

ここでの大容量データとは、主にCADデータやCAEデータといった3次元のデータのことを指します。
製造業などにおいて設計や製図の際に使われるCADシステムですが、これによって作られるデータの容量は、時として数ギガバイトに及ぶこともあるのです。

こういった大容量のデータをインターネット経由で配信しようとすると、容量オーバーで受け手がダウンロードに失敗することも少なくないんですね。

そして、いったん通信が途切れると、また初めから、ということにもなりかねなかったり…、さらにはネットワークに負荷がかかって、PCの処理速度にも問題が生じたりと…。

大容量電子ファイルを確実・安全に配送することに関して、従来の送信方法では多くの問題点があったのです。

◆「プッシュ型」と「プル型」

データの配送方法は、大きく分けて「プッシュ型」と「プル型」の2つに分けられます。

◎「プル型」
まず送信者が、クラウド上のサーバーにデータをアップロードします。そして、受信者にダウンロードURLをメールで伝え、受信者がそのURLからデータを引き出してきます。事業者の9割はこの「プル型」を採用しているとみられています。この送信方法ですと、先にも述べたような様々な不都合がどうしても生じてしまいます。
◎「プッシュ型」
まず、送信者・受信者共にクライアントソフトをインストールします。そして、クラウド上にある配送用サーバーを中継させることで、直接、データを受信者のPCやサーバーに送り届けます。また、受信者が受信を完了した旨も、送信者に通知されます。

イーパーセルが提供しているサービス「e・パーセル電子宅配便」は、この「プッシュ型」の配信方法を採用しています。

大容量のデータを、どんな通信環境下にあっても安定してダイレクトに送れるサービスで、2005年には日産自動車もこのサービスを導入しています。

ファイルを安全確実に届けるという、一見シンプルに映るサービスですが、実はこのシステムの水面下では、きわめて複雑な技術が使われているのです。

多くの特許技術を採用―最高の頭脳集団が開発したプログラム

創業者の小畑浩志氏が留学したMIT(マサチューセッツ工科大学)

「e・パーセル電子宅配便」の基礎となるアーキテクチャや通信プロトコルは、創業者の小畑浩志氏によって開発されました。

小畑氏はMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学経験もあり、1996年に現地米国・ボストンでe-Parcel社を立ち上げます。

そこに、国際数学オリンピックの出場者、世界プログラミングオリンピックのチャンピオン、高知能指数の持ち主たちで構成される「メンサ」のメンバーなどの力が合わさり、この「e・パーセル電子宅配便」は開発されたということです。

さらに、インターネットに商用の可能性を予見し、この頃すでに必須要素技術の米国特許も取得していました。そして、これらの特許技術こそ、世界を驚かせる先駆的な技術の粋なのでした。
それはまさに現在のIT産業には欠かせない、根本的な特許技術といえるものばかりだったのです。

【イーパーセルが持つ米国特許の例】

  • ネットワークを介して個人の嗜好や習性を収集・解析。検索に関連した広告配信に必要となる仕組み。
  • 自分宛に届いたデータがダウンロード可能になったことを画面上で知らせる仕組み。メール受信やバージョンアップ情報など通知画面が現れる機能(ポップアップ)に該当する。
  • 他人のパソコンを遠隔操作して復旧や使用方法を教える仕組み。電話で遠隔サポートする場合に有効である。

…など(『週刊 ダイヤモンド 2012年 4/21号』より)。

こうして見ると、イーパーセルが持つ米国特許は、わたしたちが日常的にPC操作でお世話になっている技術の基礎となるものだということが分かります。

そうすると、遠隔サポートサービスを行っていたり、ポップアップ技術を採用していたりする事業者は、イーパーセルの特許技術に抵触していたということになるわけです。

自社の特許の価値を正しく認識し運用する―イーパーセルから学ぶ知財戦略

スマホ分野での熾烈な特許紛争―今こそ積極的な知的財産戦略を!

ネットの草創期にすでにインターネットの爆発的な普及を見越して、電子取引による物流革命が起こると予見し、自社の開発した技術が今後価値を持つと正しく認識した、イーパーセルの先見の明はすばらしいものです。

そして、さらに日本企業が見習わなければならないのが、保有している特許をどう運用していこうか、という意識・戦略性です。

イーパーセルが、今回、米国の名立たる超大手IT企業に対し、特許訴訟という手段を講じたのは、あくまでも冷静な「知的財産戦略」によるものなのです。
ここに我々が学ぶべき点があります。

イーパーセル・北野譲治代表取締役社長はこう語っています(『月刊 宝島』2012年6月号)。

「一般的にベンチャーというのは大企業と比較すると金融資産は乏しいのですが、知的資産は豊富にある。そのため、知的資産を戦略的に刺激して、それを金融資産に還元する努力をしなければなりません。具体的には、当社は5つの知的資産を持っていますが、今回はその中の一つである特許資産をライセンス料という金融資産に替える試みなのです」

もっとも、北野社長の真の狙いは、特許ライセンス料を取得することではないはずです。
訴訟などを通じて、世界にイーパーセルの知的資産を広く認めさせることで、将来を見据えた戦略的な “自己宣伝”を行うこと、つまりは、“企業ブランド・企業価値を高める”ことにあったのではないでしょうか。

スマホ特許分野などで後手後手に回る多くの日本企業は、知的財産を積極的に“企業ブランディング”に活用しようというイーパーセルのような発想を、果たして持っていたでしょうか?

また、中小企業などが特許になりうる技術を有していても、それを活用し育てる商習慣が日本にはまだないという点も問題ですね。

さて、今回のイーパーセルの成功事例からは、将来性のある特許については、国内だけでなく海外においても先回りして特許権を取得しておくのが望ましい、ということも学び取ることが出来ました。

このイーパーセルの存在が、ほかの日本企業にとっていい刺激になってくれることを願うばかりです。

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